第一回文学フリマ福岡とハンピツィの宴の時期が重なったので、勝手に連動企画を立ち上げようと準備して頓挫したものです。
勝手に、と書いていますが主催者様には許可をいただいておりました。
結局、初歩的なミスで企画できず、こちらで公開することになりました。
今日は外で編み物でもしようか。
ペコラが軒下に小さなテーブルと丸い椅子、毛糸の籠を用意していると可愛らしい声で名前を呼ばれた。
振り返るとアランとルッチが頬を真っ赤にしている。
幼さが抜け始めているアランと頬の丸みが愛らしいルッチは店の近くに住んでいる男の子たちだ。
ハンツピィの宴に参加するのか、ふたりの籠には果物がたくさん入っていた。
「ねぇねぇ、ペコラ。春が来たんだよ!」
「春?明日、ハンツピィの宴だよ」
丸椅子に腰かけたペコラを前にルッチが興奮状態で告げる。
数日もしたら秋の行事でもあるハンツピィの宴だ。
春はまだ先の話なのに、とペコラは首を傾げる。
「そうじゃなくって!キアロに春が来たんだぜ」
「キアロに春…?あぁ、そういうことか」
言葉足らずのルッチの頭を軽く叩いたアランが補足する。
キアロとはふたりの歳の離れた兄で、小さなパン屋を営んでいる。
店主の見た目に反してパンは素朴な味で美味しいと評判だ。
そんなキアロに春が来た。
確かにこれは大ニュースだ。
「お相手は誰なのかしら…」
「フラウラだよ!」
「まぁ。あのフラウラお嬢様?」
「うん」
詮索するつもりはなくひとりごとだったのにルッチが教えてくれた。
フラウラは数年前に外からやって来た豪商の娘だ。
絵に描いたようなお嬢様なのに父親の慈善事業で引き取った孤児たちを弟妹のように可愛がっている。
ペコラの店にも幼い弟妹用におもちゃや異国の絵本の取り寄せを依頼することがあった。
若きパン屋の店主と豪商の娘がどういう縁で出会ったのか。
あまり下世話なことに首を突っ込みたくないペコラでもこの組み合わせはとても興味がある。
成就する、しないは別として。
あのキアロに春が来た状況がどうしても気になってしまう。
ペコラからするとそういうものとは無縁の印象なのだ。
深入りしないのが商売の秘訣だと思っているペコラはこれ以上の詮索はやめ、籠からふんわりとした毛糸玉を取り出した。
秋色のくすんだ色合いがお気に入りだ。
「あ、これってハンツピィ用のか?」
アランの問いにペコラは頷く。
ペコラが編もうとしているのは行事ごとに販売している羊のバッグチャームだ。
それぞれに名前がつけられていて、それを持ち歩いていると願いが叶うとまことしやかに囁かれている。
そういう意味合いで作ったわけではないのに、とペコラはつい苦笑いを浮かべる。
「キアロのために買っちゃう?」
「アイツがこういうのを持つ姿見てみたいか?」
「……それはないね」
「だろ」
幼い兄弟の会話にペコラは吹き出した。
こんな小さな子どもたちにもあの噂が届いているのがおかしかった。
わざわざキアロの恋の報告しに来たのも納得いくが残念ながら購入者は限定されているのだ。
「これは女の子のためのものなのよ。持つならフラウラお嬢様かしら」
その言葉に唇を尖らせるふたりに蜂蜜味の飴を放り込んでやると機嫌が良くなる。
子どもはこうでなくては。
「あの…わたしがどうかしましたか?」
その背後で声をかけられ、ペコラも子どもたちもビクリと肩を震わせた。
ここは雑貨屋だ。
誰が来ても不思議ではないけれどタイミングが良すぎるのだ。
噂すればなんとやら。
振り返るとフラウラがキアロで買ったパンを入れた籠を手に立っていた。
アランとルッチは急がないと!と走り去ってしまった。
噂の張本人が現れて驚いたせいだ。
「これを持つのは女の子だけですよって話をしていたんです」
「まぁ、これが噂のものなのね。リカルも欲しがっていたの」
ふたつ、いただけないかしら?と上品な声で問われてペコラは頷き、紙袋へと入れた。
フラウラには妹が何人かいる。
年頃の妹と言えばリカルとラクシだろう。
妹のためかと思ってみたが、それなら彼女はふたりの名前を出すだろう。
「フラウラお嬢様は気になる方がいらっしゃるのかしら」
「えっ!いえ、そう…では…」
いつも穏やかで狼狽えることなどないフラウラが耳まで真っ赤に染まっている。
彼女だって年頃だ。
恋のひとつやふたつあってもおかしくはない。
物語に登場するお嬢様は大抵が生まれる前からの伴侶とやらが存在するが、彼女の場合もそうなのだろうか。
そうであれば結ばれない可能性のある恋。
対岸の火事のペコラには甘酸っぱい物語のように見えた。
「ふふ、真に受けないでくださいな」
「ペコラさんでも意地の悪いことをおっしゃるんですね」
「わたしも人間ですから。そろそろ戻らないと妹さんたちが心配しますよ」
「あぁ、いけない。練習しなくちゃ」
いつの間にか太陽の位置が低くなりつつあった。
昼下がりの気持ちのいい時間帯はあっという間だ。
ペコラの言葉にフラウラも宴のことを思い出した。
キアロの店で買ったパンに手製のジャムを挟んだものを作るそうだ。
ようやく満足のいくジャムができたから夕食後のデザートにパンに挟んだものを出すという。
お金持ちの食事はよくわからない。
「では、また」
「えぇ、また」
フラウラは会釈をして自宅へと向かう。
ペコラはそれを見送ると丸椅子に腰かけて作業を再開する。
まだ日差しは温かく、作業するのに問題はない。どんな子になるだろうか、と手の中の毛糸たちを眺めている。
そこに人影ができて顔を上げるとニュイが立っていた。
ニュイはルッチの同級生で引っ込み思案な少女だ。
歳の離れたふたりの姉がいて、基本的にここへ来るときはすぐ上の姉・デジが同行している。
それが珍しく今日はひとりだ。
もじもじとスカートの裾をいじっているニュイの顔は思いつめている。
「どうしたの?」
「……あ、あのねっ、ペコラにお願いがあって…」
「お願い?」
「き、急でごめんけど髪飾り作ってくれないかなぁ」
「髪飾り?簡単なものならすぐに作ることができるけど。どうして?」
「もうすぐハンツピィの宴でしょ。今年から参加していいってお姉ちゃんたちに言われたけど、可愛くなかったら…」
「髪飾りをつけて可愛くしようと思ったのね」
ニュイはペコラの言葉に激しく頷いた。
ハンツピィの宴ではポムの星を食べる。
それを食べると一定時間、獣の耳が生えてくるのだ。
年齢問わず参加できるのだけれど時間帯が時間帯、お酒も出てくるものだからニュイの姉たちは参加させないようにしていたのだろう。
ニュイは引っ込み思案だけど芯はしっかりしている。
姉たちもそろそろいいと思って許可したものだと思われる。
当の本人は許可されて嬉しい反面、生える獣の耳が心配でならないようだ。
どんな耳でも可愛く見えるように髪飾りが欲しいと思うあたり、彼女もまた年頃の少女なのだ。
「ニュイの宴デビューでプレゼントしてあげる。宴に行く前までには完成させておくわ」
「……!」
「折角の宴デビューよ、お祝いしなくちゃ」
ペコラの提案にニュイは小さな目を見開く。
手にしていた袋からチャリンと金属の音が聞こえる。
この日のために貯めていたお小遣いが入っているのだろう。
そんないじましい姿にペコラはお祝いにプレゼントをしてあげたくなった。
妹を溺愛する姉たちから色々と言われそうだけれど。
「ありがとう!じゃあ、お姉ちゃんたちが心配するから帰るね!」
「えぇ、気を付けてお帰り」
どういうものがいいのか打ち合わせをしたニュイは白い肌を真っ赤にさせたまま家路へと向かう。
その双眸は夜空の星以上に輝いていて、純粋な気持ちとは本当に美しいものだとペコラは思った。
あればかりはどこをどう探しても見つからない宝物だ。
さすがにもう外での仕事は難しそうだ。
ペコラはまだまだ終わりの見えない作業をするべく店の中へと入っていった。
「さて、今年こそ本物の羊になりたいものだわ」